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ランちゃんの学校ー5

 ランちゃんの学校が始まる4月まで、まだ4、5カ月もあります。
 そうじゃなくても遅れている勉強がますます遅れてしまう。
 折角学校へ行く気になった(強制?)このタイミングを逃すと、また勉強への意欲が遠のくのでは、と気が気じゃありません。

 親切な方がいらして、ご自分の知り合いのインド人「Aさん」に学校の件で相談してくださいました。
 Aさんのアイディアを聞き、さすがインド!! そんな手あり?! 
 公立がダメなら、成績表を作って!! 「私立学校」へ行かせよう。
 行ってもいない学校の成績表を作る!?ことが可能なのがインド?!
 
 A さんの知り合いの学校にお願いして、ランちゃんの3年生の成績表を作ってもらいました。
 その成績表を持って、徒歩で通える私立学校へAさんに行ってもらいましたが、後期の受け付けはなし、とのことでした。
 成績表を作ってくれた学校への入学なら…たぶん余分なお金を払えば、可能だったのでしょうが、そこまではバスで通わなくてはなりません。
 訳もわからず誰彼となくついていきそうなランちゃんです。途中で誘拐され、売り飛ばされては困ります。
 折角、成績表も作ったのだから、週に1回でも学校へ行かせては、とA さんは助言してくれました。
 しかし朝の一番忙しい時間に、誰かがランちゃんをバス停まで送って行き、戻りそうな時間に迎えに行くことは、たとえ週に1回にしても長く続けることが可能とは思えません…と…この話を切ってしまいました。
 
 実は…私の中で、こんなことまでしてランちゃんを学校へやる必要があるのか?との思いが、段々大きく膨らんできていたのです。
 
 貧しさ故に学校へ行けないのは、不公平です。
 勉強だけが仕事の子供がいる一方で、働きながら学校へ行かなくてはならない子がいるのは不平等です。日本に生まれる子があり、インドに生まれる子もいます。美人に生まれる人もあり、不美人だと思って育つ人もいて…平等なんてあるんでしょうか???

 ランちゃんはインドの村に生まれ、幼くして親元を離れ、働きに出なくてはなりませんでした。しかしデリーに来てもかぼちゃもネズミも馬車には変わりません。足長おじさんも魔法もないのが現実です。お手伝いさんにカバンを持たせて、運転手付きの車で送り迎えしてもらう王子様達をしり目に、ランちゃんは働きながら学校へ行かなくてはなりません。
 私ならランちゃんを運転手つきの王子様にはできないまでも、学校へ通うだけ、勉強するだけの環境に置くことができます。しかし・・・。
  
 私はその生き方同様、人への関わり方が中途半端だなぁ…と溜息が出ます…。



 

  
 
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by sapnabb | 2009-06-30 02:11 | ★インドよりメッセージ

ランちゃんの学校ー4

 ランちゃんに学校の話を聞くと…
 
 小学1年生の時、1年間だけ学校に通ったんだ。
 村の学校は制服がなかったし、(当時)給食もなかったよ。
 1年生は54人だったかなぁ。
 勉強したのは「英語」「ヒンディ語」「算数」。
 教科書は学校が貸してくれて、学年終了時に返すシステムなんだよ。

 一人の先生が全部の教科を教えてくれていたんだ。
 学校には二人の先生がいて、同じ部屋の一方に2年生、その隣に3年生、1年生から5年生まで皆同じ教室で勉強していたんだよ。 先生はすごく厳しくて僕は本当によく殴られたんだ。

 学校まで45分くらい。同じ村の子たちと一緒に歩いて通っていたんだよ。
 学校は10時から1時まで。1時からお昼休み。この間に村に帰ってご飯を食べて、大急ぎで戻るんだけど、たいがい2時からの授業には間に合わなかったなぁ。それから5時までまた勉強なんだけど、学校へ行くのが面倒になって、戻らないことの方が多かったかなぁ。
 学校が終ってからなら教科書を持って帰っていいんだけど、昼休みには持ち出しちゃダメなんだ。だから教科書を持ってきちゃった時は、絶対に戻んなくちゃならないんだけど、又、学校へ行くのが面倒になって戻らなくて、先生によく怒られたよ。

 牛の面倒を見るために学校は辞めたんだ。
 けど… 本当は勉強が好きじゃなかったから、家の仕事を手伝うことにしたんだ…。
 学校へ行かなくなってから、お母さんが心配して、家の近くのおばさんがやっている「塾」に月100RSの月謝を払ってもらって、半年くらい通っていたんだけど、それも段々に行かなくなっちゃったなぁ…。 

 こんな小さい時から、親から離れて遠くデリーまでも働きに来なくてはならないランちゃんチは貧しいから、だから家の手伝いをするために学校へ行かなかった、とばかり思い込んでいました。親が文盲で教育の必要性を感じていないからランちゃんを学校へ行かせなかった、とばかり思い込んでいました。
 日本と云えば「芸者、富士」」に腹を立てながら、インドと云えば「貧困」との図式でみていた……赤面……。
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by sapnabb | 2009-06-26 14:16 | ★インドよりメッセージ

ランちゃん

 叔父さんや従兄に殴られた、と わぁ~わぁ~泣くランちゃんですが、私にどんなに叱られても、泣くことがありません。大きな眼でじっと私を睨みつけています。
 
 そのランちゃんが私の前で、大きな眼から大きな涙をポロポロ流して泣きます…
 その涙の大きさに、涙の大きさは悲しみの深さに比例して?それとも目の大きさに比例している?と、つい見とれてしまいました。
 
 ランちゃんのお母さんは病気です。手術をしなければなりません。
 しかし…お金がありません。
 「お金を貸して下さい」
 ランちゃんの頭は「お母さん」で一杯。お母さんを思う涙が止まりません。
 ランちゃんはお母さんが大・大・大好き!!
 
 ランちゃんがうちで働きだすと、親から毎朝のように叔父さんの携帯に電話がありました。
 それも「そちらから掛けてください」との期待を込めた「ワンぎり」です。
 何事か?!と心配になるほどの早朝にも掛けてきます。ランちゃんを案じる親心…。
 親と話すランちゃんの嬉しそうなこと。得意そうな様子。
 しかし、叔父さんだって毎朝の電話代を出し続けることが難しくなってきます。
 段々掛ってこなくなってきました…ランちゃんも慣れてきたのでしょう。
 
 しばらくすると、また朝の「ワンぎり」が始まりました。
 「金送れ」「金送れ」
 理由はいろいろ…乳牛が死んだり…畑に蒔く種が必要だったり…あれこれ…
 月給日になりお金を送金するとしばらく止まります。

 ランちゃんが働く以前には、お金はどのように工面されていたのでしょうか?
 お母さんの手術代はランちゃんの約半年分の収入に当たります。
 まだ返済されていないから? 今、親からの「ワンぎり」はありません。

 ランちゃんの村の家の1ヶ月の生活費が、1日?で消費されてしまうような私たちの生活をランちゃんはどう感じているのでしょうか? 

 ランちゃんはうちの固定電話から親へ電話をかけようと、誰もいない時を見計らってずいぶん試した様子です。が、繋がらない筈です。うちは「市内契約」しかしていないので、デリー州以外に掛けることはできないのです。
 今はたぶんインド人の家でも「市内契約」しかしていない家は少ないと思いますが、10年ほど前には勝手に使われないように、電話に鍵を掛けている家がたくさんありました。そういえば、あの頃はどの家の冷蔵庫にも鍵が付いていて、居間に鎮座していたものです。
 
 ランちゃんのお母さんは元気になったそうです。
 ランちゃんはお母さんが大好き!! 
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by sapnabb | 2009-06-23 14:56 | ★インドよりメッセージ